鏡開きで 新しい自分に生まれ変わる?

鏡開きこそ 新ステージの一歩に

 

 

松の内過ぎ頃から 各地方によって異なるが

関東は1月11日 関西では1月15日~20日頃

鏡開きをする事が多いです

 

 

鏡開きの由来の鏡とは?

 

 

 

 

鏡は 可視光線を反射する部分をもつ物体

その性質を利用して光を反射させる器具

 

 

鏡に映る像は左右反転で映し出し

幾分学的には左右ではなく前後を映し出します

 

 

鏡開きの 鏡とは?諸説はありますが

その中でも鏡は昔

神様が宿ると考えられ神事に使われてます

 

 

 

青銅製で丸い形をしており

三種の神器の八咫鏡(やたのかがみ)の

形どったものを 鏡餅とも云われてます

 

 

もう一つの由来として

神話時代のお話がヒントになります

 

 

 

簡略的に述べると

天照大御神(あまてらすおおみかみ)様が

天岩戸(あまのいわと)と呼ばれる洞窟に隠れ

 

太陽の神様が隠れる事で世の中は真っ暗になり

田畑は荒れ 飢饉や病気などが増える

 

 

【天岩戸隠れ】太陽が死を表した出来事

 

 

困った八百万(やよおろず)の神々が

まるで光の復活再生作戦をスローガンとし実行

まさに秘策を打ち出すような感じです

 

 

「貴方様より新しく光輝く神が現れました」と

謳い文句を言い 気になった天照大御神様が

天岩戸の扉を開けると 扉の前で鏡を持って

待機していた神々が

天照大御神様の本姿を鏡に映し出す

 

 

天照大御神様は自分の姿とは思わず 確認の為

さらに身を乗り出し隙が生まれ

思兼神(おもいかねかみ)様により手を引かれ

天岩戸から出て頂くことになりました

 

 

 

自分自身の姿を顧みる

 

 

 

自分の姿とは思わずの行動や言動は

無意識の中で行われます

 

神話の話からも

鏡 「鑑みる」かんがみる 手本となる

比喩になります

 

 

鏡はもう一人の自分自身

 

 

 

天照大御神の性格は日本書記に

〖大日婁貴(おおひるめむち)〗という

名前で記述があり

 

 

原初の天照大御神の姿「偉大な太陽」と表し

同時に〖ひるめ〗は

太陽神そのものと太陽神の妻と

男女の二重性格の意味をも含まれてます

 

 

 

これにより 日本の太陽信仰において

いつからか

天照大御神の男女逆転の背景が生まれ

 

 

後々に

祀政一致の古代文明でシャーマンが優位性や

女帝時代の天皇によって男神から女神としたと

諸説ありますが有力の一説です

 

 

男でもあり 女でもある

 

 

 

 

鏡は その中に実際に何か確固たるものが

ある訳ではなく 常に自分の姿を

映し出しているにすぎません

 

 

〖ひるめ〗は陰陽の対極

 

 

物理的な現実もこれといってまったく同じで

自分の外に何かがあるのではなく

全ては一人一人の内側の中にある

 

 

物理的な現実は

あなたが真実だと信じてる枠の産物でしかない

もっとも強い思考や観念に

感情が外に映し出されてる

 

 

 

鏡の前に あなたが立つ時

あなたが微笑めば 鏡が微笑み

暗い顔には暗い顔 しかめっ面にはしかめっ面

しかめっ面には ほほ笑みは映し出されない

 

 

 

鏡は映し出される者(物)には選択肢はない

 

 

シンデレラ物語で 継母が

「鏡よ鏡 世界で一番美しいのは誰?」と問う

 

 

 

シンデレラが映し出されるのは

継母の本心 私が一番美しいと思っている

心の奥底ではシンデレラが美しいと思っている

でも 認めたくない 見ないふりをしている

継母自身が自分を美しいを認めてないだけ

 

 

同じ人や物 景色を見ても

全く同じ思考や受取りは千者万別

 

 

鏡に対して

「何でそんな顔なの?態度なの?」と言っても

映し出すものが変わるまで待っても

待ち続けても変わりません

心からどう何を信じているか?

 

 

それ以上でも それ以下でもないのです

 

 

偉人達の言葉で

『自分の態度は自分の心を映した鏡だ』

仏教の開祖 ブッタ

 

 

「人間関係は鏡のようなものです

相手のあなたに対する態度は あなたの相手に

対する態度そのものと考えて下さい」

ジョセフ・マフィー

 

 

 

だからって嫌な感情はどうするのか?

 

 

ここまで来ると 鏡開きの話はどこへ行った?

 

 

大丈夫です しっかり繋がってますので

もう少々お付き合い下さい

 

 

また 綺麗事ばっかりと思っている方も

大丈夫です 解ってます

 

 

はい 私も人間ですから感情があり

文句を言うし良い事もあれば嫌な気分にもなる

 

 

 

真っ白な人でもないです

 

 

相手が 幾ら自分の考えや態度を反転したと

言われても嫌なものは嫌ですよね

怒りや悲しみの感情も出ますし

これは当たり前

 

 

見えない所で起きている現実や

陰口で自分の耳に入ってこない事は

相手の問題だけど

見えてる現実に対して

私が原因発生と言われても

 

 

 

マジ イラつくし 怒り爆発

舐められてるって思うくらい

 

 

 

 

 

そんな時は

嫌な出来事にとことんフォーカスするに限る

人に愚痴を言う人もいる それも有りだが

自分で ぐちゃくちゃになる位に向き合う

 

 

 

フォーカスの仕方は人それぞれ違いますが

私の場合は一人で自問自答しつつ

ぎゃあぎゃあ文句言ってたり

自分を自分で褒めてみたり

最終手段はひたすら寝る!です

 

 

 

ここまですると 意外にも飽きて来るんです

すると  見えてなかった答えが解り始めます

 

 

ここを中途半端にすると火種を持ったまま

何かに飛び火します

 

 

 

とても重要で しっかり感情を感じ切る

 

 

他人に悪口や愚痴をいってる時点で

向き合ってる様に観えるが

私は間違ってないと恐れの理由の答えに

結び付きやすく 真意に繋がりにくいです

 

 

相談がダメではなく 視点を変えてもらい

意見を問うのはいいですね

 

 

相手の動向ではなく自分は?

 

 

シンプルな答えを自分で導きだす

何事も最後は自分なんですね

 

 

 

 

向き合った先に 

中立な自分が鏡の前に立っている

 

 

 

鏡開きは 新しい自分の扉を開く

 

 

鏡開きは年神様お供えしたお餅や清酒樽に

神様の氣が宿り

それを手や小槌で割るでの表現ではなく

末広がりの意味を持って開くとあえてし

 

 

皆で神様の氣を分け合い 無病息災などを願い

物事を新たに始める時に行う 鏡開き

 

 

鏡とは 光を外に求める 

この世で目に見えるもの

それは全て光の反射物

 

 

天照大御神様の光源があって

鏡に映る自分みる事が出来た比喩の神話

 

 

矛盾を抱えた自分も

喜びに満ち溢れた自分も

不安に掻き立てられる自分も

 

 

 

全て 自らが光であるが故に

 

 

 

毎年の鏡開きは

新しい『なりたい』私になると意図して行う

自分で選択出来るのです

これだけでも 価値があると思います

 

 

 

2018年は特に数秘術で読み解くと 11の年

樹々の成長で間引きの時期

本来の自分を取り戻す良い機会です

 

 

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遅れ馳せながら 本日より仕事初めです

新年 あけましておめでとうございます

皆さまにとって素敵一年になります様に

 

今年もよろしくお願い致します

いつも ありがとうございます


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